yunyun-fighter’s diary

群発頭痛と闘いながらも一生懸命子育てに仕事に、夢を追いかける人生のブログ。

切迫早産の妻が入院!!いきなり2人暮らしとなる父と息子の苦悩

こんにちは、ゆんゆんふぁいたーです。

 

今回のテーマですが、まさに現在のゆんゆんふぁいたーの話題、切迫早産で妻が入院すると生活はどうなってしまうのか、これほど大変なんだ!!という内容です。

 

 

近所にも同じような状況の家庭もあり、どうやってやりくりしているのかと質問されることもあります。そこで、旦那目線、切迫早産との戦いについてブログに書きます。

 

0.現在の状況

現在、約1ヶ月半の入院が過ぎたゆんゆんふぁいたーの妻ですが、既に慣れてきて悠々自適な入院生活を送っています。が、残された2歳の息子とゆんゆんふぁいたー(父)の生活は凄まじいもので。

何度涙したことか…ですが、やっと少し落ち着きが取り戻せたのでブログに記載します。

ちなみに正常の出産日は7月、果てしなく遠く感じます。

 

1.いきなりの入院連絡

4月15日月曜日、いつものとおり仕事に行き、デスクに座ってまずコーヒーを飲んでいると、いきなりの電話…妻からでした。入院するから帰ってきて、とのこと。

訳もわからず、家に帰りました。すべての荷物をRIMOWAの45Lトパーズに詰め込むと、近所の産婦人科に。

慌ただしく手続きを済ますとやっとのこと家に帰れました。

まだまだ春先、庭の木だって芽が出たばかりです。

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2.仕事と家事と子育て

帰ってから息子と2人ぼっちになって、ことの重大さに気づきます。

・仕事

・育児

・ご飯

・睡眠

・看病

・お金

 

今までゆんゆんふぁいたーの息子は妻と2人で生活、睡眠だって妻とでした。そう、今まで専業主婦の妻の仕事がぜーんぶ父親にまわってきたわけです。 

当然、その週の出張も、飲み会も、会議もすべてキャンセル。予約してあった新幹線、ホテルなどすべてをキャンセルしました。 

また、入院の手続きを終えると、即座に夕ご飯の時間です。

その日から数日はいつ病院から呼ばれるかもわからない状況、全く仕事もいけない状況でした。当然大好きなお酒も…



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3.外部の協力を知る

ゆんゆんふぁいたーは日中は仕事をしておりましたのであまり昼間の子育てについて知りませんでしたが、こんな状況の子育て家庭を助ける協力は意外とあります。

・祖父母⇐これは人それぞれ。

子育て支援センター

・児童館

・一時保育

・公園

・近所さん

特に児童館や子育て支援センターは行けば子供は満足、大人も目だけ話さなければゆったりできます。最初の2週間はよく通いました。

また、近所の公園も平日は子育て世代がたくさんいます。話しかけられやすい顔?のゆんゆんふぁいたーはそこでお話したりして、少し気持ちが落ち着いたりしました。


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ところで、一時保育は簡単に預かってくれそうな名前ですが、実際は保育園に入園するのとさほど変わらない準備物があり、とても大変です。またお金も1日5000円ほどと、結構かかります。

今回一時保育のために準備をしましたが、お昼寝布団など一式揃え、服など全てに記名、とんでもない時間がかかりました。
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ですが、突如としてこんな状況になったゆんゆんふぁいたー一家にはこれらや、近所の子供達とのふれあいが一定の助けになりました。

ここで保育園に普通に入園できればなんとかもとの生活に近付ける、そう思ったところでした。

 

4.救急搬送〜転院

入院とはいっても、近所の産婦人科だし、歩いていけるから良かったね〜なんて話していたゆんゆんふぁいたー一家にはさらなる、苦難が待っていました。

切迫し過ぎる早産に対して県病院への救急搬送が夜中に指示されたのです。息子は眠るときに抱くライトニング マックイーンのぬいぐるみ1つだけを持って、急遽妻の実家に預けられ、私も病院の分娩室の硬いベッドで1晩すごしました。

この時ばかりは涙もろいゆんゆんふぁいたーは大泣き。妻を思っても息子を思っても泣けました。

が、本当はその後の自分のことを思ったほうが一番泣けたのかもしれません。自分が救急車に乗るのは何回もあり、何も思いませんが、妻が乗るのは堪えました。  

 

気づいたら2週間が過ぎ、庭の新芽も大きく、美しい緑色になっていました。
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5.真の父と子の暮らしの始まり

はっきりと自覚したのはこの時。このままだと早産となっても2ヶ月入院、産まれなくても2ヶ月半入院です。助けてくれる人も妻の実家のみ。平日は皆無です。


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迫りくる10連休GW。保育園や高額医療などできることはすべてGW前に終わらせる必要がありました。

 

○やること

・保育園の緊急入園手続き

・仕事の時短勤務の検討

・高額医療費の適用手続き

・家事

・看病

 

はっきり言って、色々な手続きに慣れたゆんゆんふぁいたーでも困難でした。となりには暴れん坊の2歳児連れ、上記を実施はとんでもない作業です。ただ、どれも必ず要ります。保育園の入園手続きができたらそこから入園物資を大量購入しなければなたません。

 

GW2日前に保育園を決めたゆんゆんふぁいたーは即座に会社→市役所→保育園→市役所と書類を持って駆け回り、1日ですべての手続きを終えました。

当然病院も回ってますが…。

おかげで、認可外保育園ですがGW明け1日目から入園できることになりました。慣らし期間は4日、まるで空母からのスクランブル発進ですね。

 

認可外保育園ですが、いわゆる私立みたいなもんです。認可保育園と違って収入によって費用が変わったりしません。一律です。未満児保育なんて意外と認可外のほうが安いです…。また、手続きが早く、すぐ入園できます。私は認可外保育園で少し小規模な方が良いのかな、と思いますよ。

 

6.安定した生活を目指して

そんなこんなで入園できた我が息子ですが、保育園を嫌がることなく毎日登園しています。そのことから、私の業務は、保育園の送迎、仕事(時短→定時になりつつある。)、朝と夜のご飯、掃除洗濯、妻の見舞い(週3回に減らしました)のセットです。

 

睡眠時間を多少削ってますが、なんとかなるもので、夜のご飯さえなんとか準備できれば普通に暮らせそうです。

もともと、少しはご飯が作れるタイプのゆんゆんふぁいたーですが、さすがに毎日の夜ご飯は初めて。スーパー男メシを恥ずかしながら公開。でも、息子は気に入って食ってますよ?



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ところで、県病院は産婦人科への児童の入室を禁止していますので、見舞いの際は祖父母にあずけています。流石にどうしようもないですよね?でも、なんとか現在それ以外はすべて父親1人でこなせているようです。(仕事はほぼそっちのけですが…)

 

 

7.苦悩

ここまで来るのに、本当に悩み、苦労しました。吐きそうな咳もゲホゲホしてましたし、ストレス性の肩こり頭痛、胃腸の調子も悪かったです。

病院までの車中は何度も泣きました、イライラで両親にも八つ当たり、パチ屋の入口待ちのクルマを見るたびに苛立ってました。

 

現在も子供を寝かせてから夜中に家事、やっとのことで朝保育園につれていくという、ノーミスが要求される生活です。まぁ、こうやってブログ書いてますが(笑)

 

ただ、本当に辛かったのは今までと違って自分が元気なのに仕事できない、2人目の子供という、いわば幸せのために仕事をしない、という苦悩でした。そもそも今日明日の仕事をしていないと言われればそうなんですが、それでも仕事のやる気はメンタルの安定に繋がります。ゆんゆんふぁいたーの仕事はどっちかというと自分のやる気次第ですから、そのやる気が出ないことが、やる気があってもできないことが苦悩なんです。

 

あ、でも、ここまで続くと逆に、ノーミスで回せて仕事も定時まで働けた本日は少し幸せだったと思います。仕事っぽい1日でしたね。

 

既にお庭の木もこんなにフサフサに。悩み忙しい時間はもう1ヶ月半も流れています。


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切迫早産は36週までは入院がほとんど。まだそこまででもゆんゆんふぁいたーの妻は4週間あります。

 

毎日新しい言葉を覚えて、いっぱい転んでいっぱい泣く2歳の息子はどれだけ見ても飽きません。そんな我が子に1ヶ月以上離れて暮らす妻も本当に辛いはず。

色々書いてもしょうがないですが、切迫早産の妻を待つ父と息子の生活について書いてみました。

 

同じ境遇となったお父さんたちの励みになれば。

 

ゆんゆんふぁいたー